2012年05月03日

人間の残酷さ

<人間の残酷さ> 記 中尾彰秀            詩人・ピアニスト・ヒーラー

         「蟹」

<六歳のきみが、夏祭りの夜店で釣りあげてきた桃色蟹二匹。
 その可憐なるものは、大きなブルーのバケツに放たれ、きみの
 かん高い過激な声援を沫びて、いくさ場の戦車さながら走りま
 わり、そのうち、燃え尽きたように動かなくなった。

 つまらなくなったきみが台所の冷蔵庫を開けにいったりしたほん
 の数分の間に、いったいなにがあったというのだろう。パラパラと
 手足が脱落した蟹たちはすでに、毀れてしまった玩具の部品の
 ようになっていた。

   こいつは護身のための変身かもしれんて。

 ようすを覗きにきたきみの祖父は気の毒そうにつぶやき、すぐに
 どこかへ消えてしまったけれど、祖父はすこし心配だった。小さな
 きみがいきものの不可解な死をどう受け止めるだろうかと。この日
 の夜はきみはおそくまで起きていて若い母親を困らせた。

  朝になったら近くの川へいって水の中に葬ってあげなさい。

 枯松葉のような蟹の足を、そっとつまみあげながら、きみの母親は
 きみの耳元でなんどか云った。

 きみの長かった夏休みは明日一日で終わる。

 朝になったら、バラバラにちぎれた桃色蟹はきみの手を離れ、正体
 不明のゴミのように、海に向かう川を流れくだっていくだろう>

   苗村和正詩集 「歳月という兎」 編集工房ノア 2000円+税

       今でも学校では、昆虫採集などあるのだろうか。
       昆虫は虫権など主張しないからひょっとしたら、あ
       るかもしれない。明らかに人間のお勉強のための
       虐待行為である。どうしてもやった場合は、ごめん
       ねとちゃんと合掌してあげましょう。
       詩人の孫はやはり繊細。蟹に自滅させるほどの恐
       怖を与えてしまって、落ち込んだのだ。わたしなど
       この詩を読むごとに泣いてしまう。
       
       蟹さん、どうか許して下さい。我々人間を。


  


Posted by nakao at 18:13Comments(0)芸術