2012年07月09日

ローランサンの橋

<ローランサンの橋> 記 中尾彰秀             詩人・ピアニスト・ヒーラー

 みんなの人生を至福にする百の詩集(60)

 「ローランサンの橋」  門田照子エッセイ集 コールサック社 2012年 1500円+税
                            48篇 248ページ

     面白過ぎて涙が出る。認識の深さや哲学でなく、人間としての
     哀興があるのだ。結婚を「火炙りの刑」と言ったのは前代未聞。
     社会的地位や財産を求めず、質実を求める生き方は見事。全体
     として理論をこねていないから、この本はエッセイでなく自叙伝。
     特筆すべきは、母の句の章。

             「深みゆく秋を讃えながら--------母の句集」

     <母が亡くなったのは、昭和二十一年十二月二十八日、雪の歳末
     だった。私が十一歳の冬休みのことである。
      祖父母の家は空襲で焼失し、私たち家族は近所の焼け残った長屋
     で借家住まいをしていた。--------------------------------------------------------

         子に遠く夜半の氷雨をきいてゐる

      その年の正月は、いつになく人の出入りが多く、隣組の人や親類の者が
     訪れ、花や果物を供えてくれた。母の骨壷の周りは彩り明るく賑わい、人は
     みな母の句を読んで泣いた。誰もが私にやさしくなり、私は同情されたくない
     と元気な笑顔で応えるのだった。-----------------------------------------------

         空襲の闇に子の映像を抱いてゐる

      母の料理を食べた記憶のない私は、お袋の味を持たない。風呂に一緒に
     入った覚えもない。子供のころ、母の胸に抱かれたかった願いは、ついに
     叶わなかった。しかし、母はいつでも私を胸に抱いていたのだ。空襲の炎の
     中を一人で逃げ延び、樋井川の橋の下で震えながら母の無事を祈っていた
     私を、療養所の闇の中でだきしめていてくれたのだった。---------- >

      ところで、小説のごとき生きざまなんて言い方もあるのだが、
      何が大切かと言えば、いかなる場合も逞しく生き抜く活力で
      ある。この一冊はそれを教えてくれている。そしてなぜ街中
      のどこにでもある橋に「ローランサンの橋」と名付けたのか、
      ロマンの謎解きは、自ら読みましょう!!  


Posted by nakao at 21:53Comments(0)芸術