2011年03月07日

うすい月

<うすい月> 記 中尾彰秀              詩人・ピアニスト・ヒーラー

 みんなの人生を至福にする百の詩集(2)

 「今日はどこまで」 吉井淑詩集 白地社 2000円+税 2002年出版
                     B6版 25篇 109ページ

           「うすい月」

<勤め帰り 電車のデッキに立って 遠い声を聞いている
 再び暮らすことはない村の家 夕暮れの空に 満月があがり
 「ただいま」という声が 庭から野のほうへ響いている
 通勤カバンの中は 雲型定規や足型定規でかさばっている
 以前は三十センチの物差し一本だったのに いずれ 破れたカバンから
 妙な形の大きな定規が はみ出してしまうだろう 

 谷底に 破船のように横たわる村 なつかしい人達が 山ふところに
 抱き取られ 一緒に暮らした人達が 遠い町に散らばって 夏草が
 こんもり村を包んでいる 「ただいま」 もういない人の澄んだ声が
 夜の空に響く 

 ビルディングの屋並みの上に うすい満月があがって ついてくる
 大きなカバンを 胸の高さで撫でている もっと大きなカバンが要る>

 そうそう確か詩人は、デザイナーと言っていた。定規を
 カバンに入れての通勤が目に浮かぶ。私もかつては電車
 通勤をしていたから身にしみてよくわかる。あの何んとも
 言えぬ充実と寂しさ。
 美しい絵画的風景が、良い人生を運んでくれたように、心
 に響く。必ず、見てくれている月。
 そして、本当に故郷が見えたのであろう。過去は美しく今に
 未来に引き継がれていくのだ。人も風景も微笑みながら、カ
 バンの中身はたっぷりの抒情。



Posted by nakao at 18:16│Comments(0)芸術
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