2012年07月10日

橋爪さち子新詩集

<橋爪さち子新詩集> 記 中尾彰秀              詩人・ピアニスト・ヒーラー

 みんなの人生を至福にする百の詩集(61)

 「愛撫」  橋爪さち子詩集 土曜美術社 2012年 2000円+税
                          A5版 95ページ 21篇

      神秘を説明する言葉は
      頭で考えた理知のものである
      理知による説明は
      必ず内実を失う

      サルトルは
      神秘を実存たる理知で
      捉えられぬが故
      「嘔吐」と言った

      ホーキンス博士は
      神の存在を否定する科学的証明は
      ついにいたらぬが故
      それが神の証明と言う

      詩人橋爪さち子は
      小説的言語で
      真っ向から神秘に立ち向かう
      それは不可能と知りつつもの
      勇気以外の何物でもない
      果たせるかな
      内なる宇宙を
      言葉で愛撫するのだ

          「はね」

<雨あがりの空は 茜色に染まることもなく暮れようとしていた
 内科の表で母を車椅子に乗せたまま 開診時を待つ

 日の丸の小旗をもった人や白バイが しきりに行き交い まもなく
 この坂の先の御陵へ天皇が参詣されるという 白い廊下の奥の
 検査結果に いくばくかの猶予を得ようとする母 闇せまる時刻に
 異界へ詣でる特殊の人 その人をひと目見ようと道の端に立ち
 万華鏡をのぞくように目を凝らす人

 どの人も 背の羽が剥がれ落ちてひさしい

 モンシロ蝶は ときに 何万という帯状の大群になって海をわたる
 疲れると 海上に降りて片羽を海にくっつけ もう片羽をヨットみたいに
 たてるという 剥がれ落ちたわたしたちの羽もまた ときに片羽を水に
 休ませながら 果てしない飛行をつずけているのではないか

 伴奏者みたいに常に わたしたちの耳のそばを夢のなかを わたした
 ちの血脈の深みを 原初の星の青いまたたきになって ほとばしる
 祈りになって>  


Posted by nakao at 21:31Comments(0)芸術