2014年03月12日
百の威力
<百の威力> 記 中尾彰秀 詩人・ピアニスト・ヒーラー
百回を超えると
次元が変わる
99はきゅうきゅう鳴きワックスのごとく無理に光ろうとする
顎は少し出て靴底は先のほうが減っている
背をかすめ飛び去ったカラスは迷わずとある地点へ
101は余裕の屁をこき夕焼け背に散歩する
顎は引いて靴底は後が減っている
真正面から面を切ってすれ違ったカラスは平和を夢見る
百そのものは
誰が何と言おうと
気にせず
自らの内なる
美しい美しい円光に包まれ
古人はそれを
こう表現する
一即多 多即一
生死一如
色即是空 空即是色
梵我一如
現代人である中尾彰秀は
ここより遥かなここ
宇宙の黄金律
当ブログの詩評シリーズ
「あなたの人生を至福にする百の詩集」 完
「みんなの人生を至福にする百の詩集」 完
「世界を至福にする百の詩集」 現67
さてさてさて
百回を超えると
次元が変わる
99はきゅうきゅう鳴きワックスのごとく無理に光ろうとする
顎は少し出て靴底は先のほうが減っている
背をかすめ飛び去ったカラスは迷わずとある地点へ
101は余裕の屁をこき夕焼け背に散歩する
顎は引いて靴底は後が減っている
真正面から面を切ってすれ違ったカラスは平和を夢見る
百そのものは
誰が何と言おうと
気にせず
自らの内なる
美しい美しい円光に包まれ
古人はそれを
こう表現する
一即多 多即一
生死一如
色即是空 空即是色
梵我一如
現代人である中尾彰秀は
ここより遥かなここ
宇宙の黄金律
当ブログの詩評シリーズ
「あなたの人生を至福にする百の詩集」 完
「みんなの人生を至福にする百の詩集」 完
「世界を至福にする百の詩集」 現67
さてさてさて
Posted by nakao at
18:17
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2014年03月12日
水口洋治詩集叢書
<水口洋治詩集叢書> 記 中尾彰秀 詩人・ピアニスト・ヒーラー
世界を至福にする百の詩集(67)
「水口洋治詩集」 近文社日本詩人叢書69 1988年 定価1000円 21篇 68頁
「あとがき」
<私は詩を愛しているのだと思います。私の心に入りこんできた様々な人々の詩、様々の
いろどりの詩が心にしみこんできて、いつしか暖めはじめた私の詩を。中学生の時から詩
を書きはじめた私にとって、詩はまさに青春の夜明けとともに生まれたとも言えます。詩を
書いていく中で私が理解していったことは、私が詩を愛しているのと同様に、美を愛し、音
楽を愛し、人々を愛し、自分を、人生を愛していることです。人々は様々の星の下に生まれ
る。その星の下で、人は人と出会い、文学や芸術、仕事、それに文化に出会い、自分なり
の乗り越え方をさぐっていくしかないと言えましょう。ドイツ映画「会議は踊る」の中で帽子屋
の女店員が「人生は一度きり、一度きりの夢のような出会い」と歌う場面があります。ナポレ
オンの帰国によってウイーン娘と別れていくロシア皇帝。もう会えないのだとわかっていても
ウイーン娘はつかのまの皇帝との愛を大事にして、酒場の人々と共に「人生は一度きり」と
歌います。それを見て、私は涙を流し続けるのです。
これまでに私は、「朴自身について」、「夜明けへの出発」、「冬枯れた海」、「ルナール遍歴
」 と四冊の詩集を出しました。この詩集は「冬枯れた海」や「ルナール遍歴」 を編む際、性
格的に合わないとして入れなかった作品と、「ルナール遍歴」 以後の作品の中で、抒情性
の濃い作品とを選んで編集しました。・・・・・>
昭和63年4月29日夜
人生は一度きりだから面白い。かけがいがない。すばらしい。
しかし大切なのはその奥深い中身。今ここに生きている瞬間で
無限を実感して、自らの内に宇宙のあることに気付いてみれば
日々の奇跡に感謝するのである。一度でも会えたら結構毛だら
け猫灰だらけ。ええなあ!!ほんまに、ええなあ!!
そして、あらゆるものは詩である。詩でないものはこの世に存在
しない。あらゆるものはその内なる世界に音楽を持つのと同じく。
ぎんなんが落ちても宇宙と呼応する詩であり音楽なのだから。
決して映画など見なくとも、今ここに、本物の感動がある。ほら、
呼吸という。いのちの言葉。
世界を至福にする百の詩集(67)
「水口洋治詩集」 近文社日本詩人叢書69 1988年 定価1000円 21篇 68頁
「あとがき」
<私は詩を愛しているのだと思います。私の心に入りこんできた様々な人々の詩、様々の
いろどりの詩が心にしみこんできて、いつしか暖めはじめた私の詩を。中学生の時から詩
を書きはじめた私にとって、詩はまさに青春の夜明けとともに生まれたとも言えます。詩を
書いていく中で私が理解していったことは、私が詩を愛しているのと同様に、美を愛し、音
楽を愛し、人々を愛し、自分を、人生を愛していることです。人々は様々の星の下に生まれ
る。その星の下で、人は人と出会い、文学や芸術、仕事、それに文化に出会い、自分なり
の乗り越え方をさぐっていくしかないと言えましょう。ドイツ映画「会議は踊る」の中で帽子屋
の女店員が「人生は一度きり、一度きりの夢のような出会い」と歌う場面があります。ナポレ
オンの帰国によってウイーン娘と別れていくロシア皇帝。もう会えないのだとわかっていても
ウイーン娘はつかのまの皇帝との愛を大事にして、酒場の人々と共に「人生は一度きり」と
歌います。それを見て、私は涙を流し続けるのです。
これまでに私は、「朴自身について」、「夜明けへの出発」、「冬枯れた海」、「ルナール遍歴
」 と四冊の詩集を出しました。この詩集は「冬枯れた海」や「ルナール遍歴」 を編む際、性
格的に合わないとして入れなかった作品と、「ルナール遍歴」 以後の作品の中で、抒情性
の濃い作品とを選んで編集しました。・・・・・>
昭和63年4月29日夜
人生は一度きりだから面白い。かけがいがない。すばらしい。
しかし大切なのはその奥深い中身。今ここに生きている瞬間で
無限を実感して、自らの内に宇宙のあることに気付いてみれば
日々の奇跡に感謝するのである。一度でも会えたら結構毛だら
け猫灰だらけ。ええなあ!!ほんまに、ええなあ!!
そして、あらゆるものは詩である。詩でないものはこの世に存在
しない。あらゆるものはその内なる世界に音楽を持つのと同じく。
ぎんなんが落ちても宇宙と呼応する詩であり音楽なのだから。
決して映画など見なくとも、今ここに、本物の感動がある。ほら、
呼吸という。いのちの言葉。
Posted by nakao at
17:46
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